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同僚に貸した300円が返ってこない。彼の中では、すでに「完済」されているらしい。

公開日: 2026年5月4日 更新日: 2026年5月4日
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同僚に貸した300円が返ってこない。彼の中では、すでに「完済」されているらしい。

コンビニのレジ前で、同僚の山田君が発した「あ、財布忘れた」の一言。それはまるで、平穏な日常を切り裂くナイフのように鋭く、同時に、コントの導入部のように間抜けな響きを持っていた。

「コーヒーとパン、300円貸してくれない?」

彼の瞳には一点の曇りもない。

まるで「酸素を吸わせてください」と頼むかのような、生存本能に基づく自然な要請だった。私はスマートに300円を差し出した。

これで貸し借りという絆が生まれた。そう信じていた。

ところがどっこい。タイミング良いのか悪いのか、顧客からトラブルの電話が入り、ミステリアスな面持ちで急ぎ会社へと戻っていった瞬間、私の手元には「300円という名の亡霊」だけが残された。

あれから、時は流れた。

一週間、二週間。山田君と顔を合わせるたび、彼は爽やかな笑顔で「お疲れ様です!」と挨拶してくる。

その顔には、300円という負債の欠片も浮かんでいない。

彼の脳内OSでは、あの300円はすでに「処理済みタスク」としてゴミ箱アイコンにドラッグ&ドロップされているのだろう。

「借りた」という記憶が、彼の中で「親切な誰かが差し出した無償の愛」という別のフォルダに自動的に書き換えられているのか。

アップデートが早すぎる。もはやOSどころか、AIの学習レベルだ。

最初こそ、私はモヤモヤした。300円という金額が、喉元に刺さった小さな魚の骨のように「チクリ」と痛む。

この300円は、彼がコーヒーを飲んだあの時の苦味なのだろうか。

それとも、パンのパサつきなのだろうか。

しかし、ふと気づいた。これは「怒り」ではない。

もっとこう、「ぬらっ」とした、寄生生物のような愛おしさに近い。

彼は、私が「返せ」と言わないことを知った犯行ではない。

そもそも「借りている」という概念自体が、彼の脳の物理的なメモリ領域から完全に脱落しているのだ。

悪気がない。

この「悪気のないというポンコツな言葉」ほど、人類にとって手に負えない生物はいない。

彼に催促をするのは、無邪気に水遊びをする子供に「水濡れるだろ!」と説教するのと同じくらい野暮だ。

私は、この300円を「貸したお金」と呼ぶのをやめた。

今の私にとって、この300円は「謎の投資信託」である。

謎の投資信託

利回りは期待していない。

ただ、彼が将来、どんな風にこの「300円の記憶」を呼び起こすのか。

あるいは、永遠に思い出さないまま墓場まで持っていくのか。その観測自体が、私にとってのエンターテインメントになっている。

ふふ、と笑いがこみ上げる。

こうなったら、私はこの300円を回収するつもりはない。

むしろ、もっと大きく育ててやる。

次に彼がコンビニに行こうとしたら、私は「昨日の300円、利子含めて3万でいいよ」なんて冗談も言わず、ただ無言で彼の背中をポンと叩いてやるんだ。

そうやって、誰にも気づかれない小さな狂気を抱えながら、今日も私は働く。

300円という名の、この愛すべき亡霊と共に。

さて、そろそろ山田君が「喉渇いた」と言い出す時間だ。

今度は400円貸してやろう。

彼の脳内ストレージを、どこまでパンパンにできるか試してやるんだから。